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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)3697号 判決

原告 ソーケン開発株式会社

右代表者代表取締役 鈴木俊彬

右訴訟代理人弁護士 鈴木隆

被告 小関常雄

右訴訟代理人弁護士 岩城武治

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録三記載の土地のうち別紙図面1のイ、ロ、ハの各点を順次直線で結んだ線上に存在するブロック塀を撤去せよ。

2  被告は原告が別紙物件目録三記載の土地に別紙物件目録一記載の土地から出入りするのを妨害してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(主位的請求原因)

1 原告は別紙物件目録(以下「本件目録」という。)一記載の土地(以下「原告土地」という。)を所有している。

2 被告は本件目録二記載の土地(以下「被告土地」という。)を所有しており、被告土地は原告土地の南側に隣接している(両者の関係は別紙図面3のとおり)。

3(一) 被告所有の本件目録三記載の土地(以下「本件土地」という。)を含むその東側と西側の土地について昭和二二年一二月九日旧市街地建築物法七条但書による告示第五二号によって建築線の指定がされた(別紙図面2の黄色部分)。

本件土地は、現行建築基準法の付則五項によって建築基準法上の道路位置指定がされたものとみなされ、建築基準法四二条一項五号の道路として取り扱われる。

(二) よって、原告は、本件土地について人格権としての通行の自由権を有する。

(三) 被告は、本件土地と原告土地との間(本件目録添付の別紙図面1のイ、ロ、ハの各点を結んだ直線上)にブロック塀(以下「本件ブロック塀」という。)を設置して原告が原告土地から建築線の指定のされた本件土地を通行して公道へ出るのを遮断しており、その妨害の程度は以下のとおり継続かつ重大である。

(1) 継続性について

被告は、本件土地と原告土地との境界線に恒久的な本件ブロック塀を設置し、人の通行を一切不可能にしているから、その妨害は継続的である。

(2) 重大性について

ア 原告土地は、本件土地に二メートル以上接しており、建築基準法上の接道義務を満たすから、本来建物の建築が可能なはずである。

イ それにもかかわらず、原告土地は本件土地に接する部分を本件ブロック塀によって塞がれ、原告土地から公道への通行が阻止されているため、原告は建築基準法による建築確認を受けることができない。

ウ 原告土地は、その場所柄住宅建築以外の用途を考えることができないにもかかわらず、それが不可能とされているのであるから、被告による侵害は重大なものである。

エ 被告が本件ブロック塀を撤去あるいはその位置の変更をしたとしても、被告に大きな損害を生ずるものではない。

4 よって原告は、被告に対し、主位的に人格権としての通行の自由権に基づき、本件ブロック塀を撤去すること及び被告が原告の原告土地から本件土地への出入りを妨害しないことを求める。

(予備的請求原因)

1 原告は原告土地を所有し、被告はその南側に隣接する被告土地を所有している。

2 原告土地は別紙図面3のとおり公路に通じていない袋地である。

原告土地の南側約五〇・一メートルの位置には東西に伸びる幅員約八メートルの公道が存在している。

3 原告土地の用法としては、前述のとおり住宅用地しか考えられないところ、原告土地を住宅用地として使用するためには、建築基準法に定める接道義務により同法上の道路に二メートル以上接しなければならない。

被告土地のうち本件土地は同法上の道路に該当するから、被告が本件ブロック塀と植木を少なくとも二メートルにわたって撒去し、原告に対する通行の妨害を止めれば、原告土地には建物の建築が可能となる。

4 他の場所を通行の場所とすることによって原告土地が同法上の接道義務を満たすためには既存の建物の移動や撤去が必要である。しかし、被告土地の場合は、右のとおりブロック塀と植木の撤去だけですむのであるから、本件土地が囲繞地のために最も損害の少ないところである。

5 よって、原告は、被告に対し、予備的に囲繞地通行権に基づき、被告が本件ブロック塀を撤去すること及び被告が原告の原告土地から本件土地への出入りを妨害しないことを求める。

二  請求原因に対する認否

(主位的請求原因について)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)の事実は知らない。

同3(二)の事実は争う。

すなわち、

(一) 本件土地は、これまで一度も一般人の通行の用に供された事実はなく、被告が昭和二三年四月頃本件土地を含む被告土地を前所有者石田久馬から買い受けた当時、別紙図面1のイ、ロの部分は生け垣が一線に植えられ、原告土地と本件土地を含む被告土地との境界とされており、昭和二七年四月頃本件土地北側の居住者が生け垣の中に杭を立てて鉄線を三段に張りめぐらし、さらに昭和四九年にはそれが被告によって本件ブロック塀に改修されたのであるが、原告土地と本件土地を含む被告土地との境界には終始変更がなかった。

(二) また、被告が本件ブロック塀を設置した当時、被告は本件土地に建築線の指定がされていることを知らなかった。

(三) そして、原告が昭和五九年一二月四日前所有者から原告土地を買い受けた当時、右のとおりに被告土地と本件土地との境界には、本件ブロック塀が設置されており、土地の開発や建築を専門とする原告は、このことを知りながら右土地を買い受けたのであるから、被告が原告の通行の自由を侵害したということはできない。

(予備的請求原因について)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は否認する。

原告土地の前居住者は、三〇年余り支障なくその西側にある土地や私道を通行して公道へ出ていたものである。そして、原告土地の従来の所有者は、被告土地と関係なく、建築確認を得ていたのである。

3 請求原因3の事実は知らない。

4 同4の事実は否認する。

5 同5は争う。

三  抗弁

(主位的請求原因に対し)

前記主位的請求原因についての認否3の(一)ないし(三)のような事情からみて、原告の主位的請求は権利の濫用であって許されない。

四  抗弁に対する認否

否認ないし争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  主位的請求について判断する。

1  主位的請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

2  同3(一)の事実は、《証拠省略》によってこれを認めることができる。

3  そこで、以下において、請求原因3(二)の通行の自由権について検討する。

特定行政庁の道路位置指定を受けることによって建築基準法上の道路とみなされる同法四二条一項五号の道路は、私道であっても原則としてその道路内に建築物を建築してはならない等の制約を受けるのであり、このような道路は一般人がその通行の自由を有し、それ故、右道路敷地の所有者といえども原則として右通行の自由を妨害してはならない義務を負う。

右通行の自由は、道路位置指定という行政処分による反射的利益であり、これによって直ちに私人が右道路について私法上の通行権を取得したものということはできないが、右反射的利益といえども私人の日常生活に必要不可欠な範囲において通行の自由権として民法上も保護されるべきである。

そこで本件についてみるに、《証拠省略》によると、被告が昭和二三年四月頃被告土地を買い受けた当時、本件土地と原告土地との境である別紙図面1のイ、ロの部分は生け垣となっており、被告が建物を建てて居住した後においても、昭和二七、八年頃、本件土地北側の居住者によって右生け垣が壊され、その跡に杭と鉄線で垣根が作られ、さらに昭和四九年には被告によって右境界に沿い本件ブロック塀が設置されて今日に至っていること、被告は、昭和四八年に現在居住する本件目録四の建物を建築(建てかえ)したが、数年前に原告から指摘されるまで本件土地について道路位置の指定があることは知らなかったこと、原告は、昭和五九年一二月に右のような土地の状況や道路位置指定の事実を知りながら原告土地を買い受けたものであること(現在原告土地は更地であること)が認められる。そうすると、本件土地は過去において一度も一般人の通行の用に供された事実はないことが明らかである。

右によれば、本件ブロック塀により、原告が享受していた本件土地の通行の利益が現実的、具体的に侵害されているということはできない(なお、後記のとおり原告はその西側の土地を通るなどして公道に出ることが可能である。もっとも、原告土地が建築基準法上の接道義務を満たしているといえるかは別問題である。)から、原告の通行の自由権の侵害があるということはできず、その主位的請求は理由がない。

二  予備的請求について判断する。

1  予備的請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2の事実については、《証拠省略》によれば、原告土地は袋地であるが、少くともその西側に存する永野所有の土地及び被告土地の西側の幅約三メートルの私道(本件土地と同様道路位置指定がされたものとみなされる道路の一部であり、民法二一〇条の「公路」である。)を通って南側の公道へ出ることが可能であり、現に従来の原告土地の居住者はそのような利用をしていたことが認められる。

もっとも、この点に関し、原告は、建築基準法による建築制限を理由として、新たに建築確認を得るための囲繞地通行権を主張するところ、本件の場合、主位的請求についての判断において認定したように、本件土地を含む被告土地の従来の利用状況、原告が原告土地を買い受けた際の土地の状況等を考慮すると、仮にこのままでは原告土地が建築基準法の接道義務を満たさないとしても、それだけを理由に、当然に本件土地について囲繞地通行権を主張することはできないと解される。

そうすると、予備的請求も理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅野正樹)

〈以下省略〉

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